「道」楽クエスト

与曽井清司の個人ブログです。どんな場でも楽しめる生活スタイルを日々紹介します!生活を「ちょっと楽しくする」にお役立てください

2016年1月 ジブンが悪いのか?社会が悪いのか? 山本おさむさんの作品を一気読み

おはようございます。よそイです。

 長野県内で、寒気・大雪の情報に足止めされ、自主的自宅待機の週末を過ごしています。遠出をしていないものの、家にいればいたで、やることは沢山。

 読みためていた本をまとめ読み、なんてこともその1つです。

 

 昨晩この本を全巻一気読みしたので、ちょっとその話をしようかと思います。 

 埼玉県さいたま市に、重複障がい者の方のための作業場を作る。そこをメインテーマに据えながら、重複障がい者とその家族を短編で語る物語です。コミュニティーがどう受け入れていくか、社会全体のあり方についても考えさせてくれる作品です。(昭和〜平成)

  こちらはもっと遡って大正時代。聴覚障がいをもった子供に、口話法(読唇と発声で会話するコミュニケーション方法)か手話法(手を使ったコミュニケーション方法)どちらを用いて指導すべきなのか。

 教育者の目線を強く押し出して、当時の風潮と思想の対立を切り取った作品です。 

 

 私の義母が手話・要約筆記で長年障がい者の方を手助けをしており、こういった関連本を多数所蔵していたのです。

 私は専門ではないのですが、「1人のマンガ好き」という立場からまとめ借りしてきました。

 

親心だけでは読めない〜

 

 読んでいる間、奥さんから「ずっと難しい顔をしている」と言われました。こたつの中でウンウンうなりながらページをめくっていたそうです。確かにその通りかもしれません。

 この両作品とも、一番語られるのは、重複障がい(耳が聞こえない、学習速度が遅い、四肢の機能に問題があるといった障がいが複数重なっているもの)と、その家族だからです。

 小学生の娘を持つ親としては、他人事とは思えず、昔のように客観的に読むことができませんでした。

 そして、とにかくむず痒い。一人に感情移入しきれないシーンが多いのです。

 子供に障がいがあることを受け入れきれず、酒に逃げる(もしくは離婚を迫る)父親。「子供を愛している」と思いながらも、子供の実情に耐えかねて手を上げてしまう母親。(とても嫌ですが)そういった、一見「自分たちとは違う」家族を忌避し、一般論で批判し、排除しようとする地域の住民。

 

 どの気持ちも想像できるので、「あいつは悪いやつだ」「こいつはすごい!」といった短絡的な結論でスッキリできません。奥さんはその難渋している顔を見てたんでしょうね。

 障がいをもった子供以上に、その周りを細かく描写する。浮き彫りのような描写です。そして作品の中でも出てきましたが「障がいが悪いこと、としているのは誰か(何か)」という気づきを与えてくれるエピーソードが散りばめてあります。

 

思想は違えど、理想は同じ〜

 この2シリーズを通して、一番印象深かった人物が2人います。それは、わが指のオーケストラで登場する、教師、西川吉之助と高橋潔です。この2人は、聴覚障がいのことを等しく心配し、「どうにかしないと!」と思っている。

 ただし、その方向性が全く違うのです。

 

 西川さんは、聴覚障がいをもった娘さんが

「健常者の社会に溶け込めるように」、

健常が普段使わない「手真似(手話」を一切否定し、口話というコミュニケーション方法を広めます。

 この方法、健常者の立場からすれば

「『自分たちとは違う』と思っていた人たちが、自分たちの社会に合わせてくれる」

ので、一見受け入れやすい考え方です。

 そのため、作中でも歓迎され、国の方針として主流となっていきました(戦後しばらくまで聴覚障がいを持った方の教育に手話が遠ざけられていたという事実をここで初めて知りました!)

 ただし、手話以上に習得は難しく、この方法で意思疎通ができるレベルまで習熟するのは、10人の内、2〜3人だったそうです(作中より)

 

 対して、高橋さんは(長年少数派にとなってしまう)手話法を強く支持した方です。学校にいる生徒が

「自分の気持ちを自然に表現し、人とコミュニケーションが取れるように」

より習得が容易な手話法を推し進めたのです。

 また、この高橋さんは、口話法を否定することなしに、その子供にあった適正な方法で、口話・手話を使いこなすべき、という「適正教育」を提言しています。

 しかし、当時は口話法が主流となったために、この教育方針は全く進まず。大阪の「異質」な方法として残るだけとなりました。

 

 平成に入ってからこの経緯を読んだ私としては後者、高橋さんの意見に賛同せずにはいられませんでした。

 主流(健常者)の社会が、絶対的な世界であって、そこに受け入れられないルール・様式を取り込んではいけない。そんな封建的なありようは、永続に改善していく社会の形とは思えないからです。

 「変えようの無い現実(障がい)もある」ということを認めること。それを「封建的なルールに逸れた、間違ったもの」とせず、それに「教育方法」を合わせていけばいいじゃないか。この高橋さんの意見のほうが正しく見えてきます。

 ※ちなみにこの正しい、というのは、個々人が「充実した生活」を送ることができるということ、そしていわゆる健常者も、自分の小さい器を広げ、価値観を柔軟に出来る、という意味です。

 

 ただ、これはあくまで今までの経緯を少し知っているからこそ言えるもの。娘が社会から受け入れられない。という現実に対して口話法でもって娘を独り立ちさせた、西川さんの熱意や、葛藤もすごいと思います。

 2人の違いは「今の社会に受け入れてもらうこと、ルールに合わせること」を優先したのか、「自分の気持ちを一人でも多くの人に伝えること」を優先したのか。この差異だったのではないかな〜 という、これが今のところの結論です。

 

読む順番〜

 私の読書履歴を見返すと。読む順番をちょっと間違えていました。

まずは わが指のオーケストラで過去の教育問題を。次にどんぐりの家で障がい者の方の教育過程後。つまり生活する社会をどう変えて受け入れていくかというテーマを読むと、より進展がわかりやすそうです。

 

 あと、この山本おさむさんは「遙かなる甲子園」という別の作品も描いているのですが、こちらは「野球」というスポーツを中心にしています。

 そのため子供が出来る前、10代に読んだ時でも同じテーマが少し身近なものに感じられました。山本さんの作品を最初に読むならこの本です。

 

遥かなる甲子園 (第1巻) (アクションコミックス)

遥かなる甲子園 (第1巻) (アクションコミックス)

 

 

奥さんに読書中唸っている姿を目撃された身ではありますが、こうやって

「読後にコメントを残さずにはいられない」作品です。ご興味ある方は、ぜひ。