「道」楽クエスト

与曽井清司の個人ブログです。どんな場でも楽しめる生活スタイルを日々紹介します!生活を「ちょっと楽しくする」にお役立てください

2015年8月 ゲーミフィケーションって何?新語?

 こんばんは、よそイです。先日「獺祭」という日本酒を初めてのんで、その飲みやすさに親族一同感動したところです。幸せ幸せ・・・ 大変おいしいお酒なので、機会があれば皆さんもお試しください。


 さて、朝活告知の合間となりますが、自分の関心事の1つである
ゲーミフィケーション」という言葉をテーマにいろいろと書いていこうと思います。

 

 初めての投稿なので、ゲーミフィケーションそのものの説明から。

 私が初めてこの言葉に触れたのは、井上明人さんが著された『ゲーミフィケーション』、タイトル通りの
テーマについて研究された本です。

 <span class="deco" style="color:#FF0000;"><span class="deco" style="font-size:x-large;">
 ゲーミフィケーション
  =ゲームの中で「人を(内発的に)やる気にさせる仕組み、エッセンスを取り出して、現実世界に当てはめること</span></span>

 だそうです。言葉の出典をさかのぼるとここ数年前とのことで、まだまだ新しい言葉です。

 

 さて、この説明にある「内発的やる気」という言葉が聞きなれない人も多いかもしれません。
内発的の逆は外発的ですね。

 外発的やる気(動機づけ)から例を出してみると・・・
  ・仕事がうまくできたら、とても褒められる。
  ・時間内にレポート提出ができなかったら、メンバーの眼前で叱られる。
  ・売上達成率100%を3か月連続で達成したら給料アップ
  ・遅刻したら罰金(これは完全に法令違反です)

 こんな風に、他の人からの賞罰に依存するやる気、他の人次第のやる気が、自分の外、外発的な動機づけと呼ばれています。
では、内発的動機づけはどういったものでしょうか?

 他人の反応は気にしない、賞罰に依存しないやる気、「自分自身によるやる気」ということになります。

 

 そんなやる気あるのか?と過去の記憶をさかのぼると、意外にそういったシーンは多かったです。

 

 中学時代に、いくら親にガミガミ言われても、テレビゲーム(私はPCエンジン派でした)の前から動かなかったり、
高校時代に、学校そっちのけで友人と麻雀に心血を注いだり。大学時代は主に映画とボードゲームに「はまっていました」

 

 どの行動も社会的には認められるものではないかもしれません。「親の言うことを聞く」「学業に専念する」「大学で新たな知識を得る」
ということが、○と認められる事が多いかもしれません。これは先にお伝えした外発的動機づけにあたるでしょう。

 

 が、私の場合は自分自身が専念できるのか、楽しいのか、はまれるのか、という価値基準がありました。
親に怒られてもゲームパッドは離さない。授業に遅刻しそうになっても深夜麻雀はかかさなかったわけです。
この価値基準が、すなわち内発的動機づけにあたると経験的に考えています。

  ※・・・あまりよろしくない例ばかりあげてしまったので、ゲームや、麻雀に初見拒否反応を示してしまう方には誤解を招くかも
   しれませんが、ぜひ自分がはまっていたものに置き換えて考えてもらえればと思います。

 

 この内発的動機づけという点で、ゲームというものを紐解いていくと、この分野は素晴らしく「人を楽しませる」「ハマらせる」
要素を持っている。これをゲームの中だけに終わらせておくのはもったいない!というのがゲーミフィケーションという研究分野の
考え方ではないか。というのが、関連書籍を何冊か読んだ私の考え、希望です。

 

 これは自分がゲーミフィケーションのいいところを考えるときに念頭に置くイメージなのですが、

   ・A お給料をもらってでもやりたくない仕事
   ・B お金を払ってでも自分からやりたくなるゲーム 

   ・Bから、その魅力(c)を抽出してAに適用
   <span class="deco" style="font-size:large;color:#FF6600;">・A⇒お金を払ってでも自分からやりたくなる仕事</span>

 この通りにできれば、日々「生活のために働く」というHands to Mouthで考えている方の生活にも+アルファの楽しみが
出てくるかもしれません。

 

 自分の職場はもちろん、社外活動、セカンドキャリアの中でもこのアイデアをいろんな分野に適用して
「みんなの内なるやる気」につなげていけるよう、勉強していきたいものです。

 

[rakuten:book:15714035:detail]